卒業記念文集より 作品⑦「変わってきた私の日本語」

            「変わってきた私の日本語」    プ―ンタウィ― ナッタナイ(タイ:男性)

二千十年の四月から勉強し始めた、プーンタウィーと申します。卒業するに先立って変わって来た私の日本語について書きたいと思うので、過去から今までのことを書き始めようと思います。

中学生の時からタイで日本文化が流行していました。若者達は英語の曲のみならず、J-POPという音楽も皆が聞いていました。私もそういう人の中の一人でした。 J-POPが好きになって、高校生の時に日本語を習い始めました。その時は皆と同じく、第三言語を習うのはやはり難しくて、一生懸命習わなければ進められませんでした。最初にタイで日本語を勉強した時はまだ高い段階ではなかったせいで、面白くないと思いました。しかしながら、大学に入学した時に自分が「母語がはっきり理解できなかったら、第三言語はおろか英語を勉強してもよく理解できるようになれないだろう。」と考えましたので、タイ語専攻を選んで、日本語は副専攻として勉強しました。

その時から私にとって日本語についての考え方が変わって来ました。前は日本語と言うと分かりにくいと思いましたが、大学でタイ語と日本語を深く言語的に勉強した後で日本語は不思議なものになったと思います。特にイーストウエスト日本語学校で色々なことを教えてもらったお陰で、私の考えでは、日本語とは不思議なものだと思います。
日本語はタイ語、英語と比べて言語の使い方の制度が違います。タイ語の言葉の作り方は言葉の形が変わらなくて、組み合わせる制度です。逆に、英語は時制、動詞の態があって、言葉の形が変わる制度ですが、日本語は色々な制度が交じっているのです。それは面白くて、不思議だと思います。

イーストウエストでの授業は一番面白いと思います。「他の外国人と勉強するのは間違った日本語をもらってばかりだろう。」とよく言われますが、私はそう思いません。逆に、「間違い」が分からなければ正しくすることもできないと思います。つまり、外国人と勉強する授業では色々な間違いを理解して、先生から教わったことを自分で正しい日本語にして使えるようになったと思っています。

それゆえに、私の日本語は宇宙の形のように広がって行きます。毎日が不思議な日本語で楽しく面白く生活しています。

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