国立国語研廃止は時代に逆行 有志の会結成

「国立国語研究所」の解体はなぜ?という記事を本コラムに書いてから、早10カ月が過ぎ去りました。その間、日本語教育関係者の間ではさまざまな議論がされてきましたが、ついに今国会に国立国語研究所(以下、「国研」と略します)を廃止し、その機能を大学共同利用機関に移管する法案が提出されました。

この法案が可決されると、国研の日本語教育に関わる研究機能はほとんど継承されないことから、事実上「廃止」されることになります。そのためさまざまな 問題が起こってくることが予想されますが、たとえば、これまで長年にわたって蓄積してきたデータベースの活用が難しくなり、死蔵という状況に追い込まれて しまいます。これまでの審議の流れを見ていくと、データ活用のための十分な予算措置や人員配置が考えられていないことが見えてきたのです。

「日本語教育の将来を考える有志の会」結成
そこで、国研廃止による日本語教育への影響を憂える仲間たちは「日本語教育の将来を考える有志の会」を結成し、請願運動をすることにしました。廃止措置 は覆されないまでも、少しでも良い方向での移管であることを願い、「日本語教育研究の必要性」を訴えたいと考えての請願活動なのです。

私は2008年5月15日のJanJan記事において、「科学技術・学術審議会学術分科会—学術研究推進部会」の第4回会議で配布された資料の内容を取り上げ、次のように書きました。

報告書には「研究領域」として(1)理論・構造研究(文法、語彙・意味、音声・音韻、文字・表記など)、(2)空間的変異研究(方言など)、(3)時間 的変異研究(歴史など)、(4)言語資源研究(コーパスの構築など)があげられていますが、もっと人と人との関わりの中で作り上げていく研究に関する記述 が見られません。それをこれまで国研がやってきたのですが、今回の報告には「日本社会におけるコミュニケーション研究」という視点が欠落しているのです。

既に移行が決まってしまった今、せめて広くさまざまな人々の意見を聞き、「新生国立国語研究所」がこれまでやってきた活動を規制することのないような形で「移行」を実施してもらいたいと思います。

しかし、多くの人が憂えていた通り、「これまでやってきた活動の規制」どころか、莫大なお金を投じ関係者の努力で構築されてきた調査研究のデータベースの有効活用さえ保障されない形での移管になりそうな気配なのです。請願項目は以下の3点です。

1.日本語教育にかかわる実態調査や研究開発が引き続き遂行できる規模の予算を措置すること。

2.特に、日本語教育関連のデータベースとネットワークの管理専従の専任所員のポストを措置すること。

3.日本語教育に関する政策立案に資する調査研究および日本語能力評価や人材育成に関わる事業をさらに推進すること。

2週間で1万筆以上の署名
請願活動は、約2週間という短期間での実施でしたが、11,695人という数の署名が集まり、3月9日代表者4名が文化庁長官宛ての請願書を手渡してき ました。これによって、動きがどのように変わるのか、何も変わることなく廃止に向かって動いていくのか、今後の動向を注意深く見ていく必要があります。

「留学生30万人計画」「移民1000万人計画」などが議論されている今、なぜ国研を廃止する必要があるのでしょうか。国研はこれまで日本各地を訪れ、 日本語教育に関わる人々をつなぐ役割を果たしてきました。民間の日本語教育機関で働く私が、地域社会における定住外国人の日本語の調査研究に関わり、地域 社会の日本語支援者や定住外国人の方々とさまざまな形で人的ネットワークを作ってこられたのも、国研という「接着剤」があってのことでした。ここで、国研 の存在をあまり良くご存じでない方のために、国研が日本語教育に関して主にどのような調査研究をしてきたかを記しておきます。

国立国語研究所は日本の将来にとって極めて重要
1.日本で生活するために必要な日本語能力を明らかにするための調査研究
2.国内の地域日本語教育(外国人滞在者にたいする日本語教育)のネットワーク化の推進
3.日本語教育のための教材や学習ツールのデータバンクの海外発信(e-Japanプログラムの推進)
4.日本語教育関連文献データバンク

これまで国研の日本語教育研究部門である「日本語教育基盤情報センター」が担ってきたこういった機能は、これからの日本社会にきわめて重要なものである と考えます。個々の活動、研究を有機的に結びつけていく存在が必要であることへの気づきが、日本社会では薄い気がしてなりません。

これからの多文化共生社会づくりのためには、外務省・経産省・法務省などと縦割り行政では不可能なことが数多く出てきます。そのためには、省庁横断的な 物の見方、システム作りが求められており、現実にいくつかの新たな動きが出てきています。そんな今、なぜ日本語教育の「扇の要」的存在である国研を廃止す る必要があるのでしょうか。

○誰が、何のために廃止を決めたのか。いったいどんなメリットがあるのか。
○国研廃止により、どのような問題が生じるのか。それを国はどう考えているのか。
○廃止によって生じる問題を最小限に食い止めるには、どうしたらいいのか。

日本人の言葉の問題、そして日本社会に暮らすさまざまな外国人の言葉の問題(日本語だけではなく、定住外国人の母語の問題などさまざまなことを含みま す)など現在日本社会は多くの問題を抱えています。今後さらに課題が増え続けることが予想される現在、一刻も早く、その解決に向けて動きださねばなりませ ん。

「10年後、20年後、どんな日本になっているか」と考えることに留まるのではなく、「自分たちは、10年後、20年後、どんな日本社会にしたいのか。 どんな社会を作り上げていきたいのか」というところまで踏み込んで、主体的に関わっていくことが重要です。今回の請願運動を一つの契機として、みんなで 「日本語・日本語教育の在り方」について真剣に議論できる土壌ができることを願っています。

最後に、今回文化庁長官に提出した「国立国語研究所日本語教育研究部門の機能維持および拡充をめぐる請願」を記しておきます。より詳しい情報は「日本語教育の将来を考える有志の会」が立ち上げたホームページをご覧ください。

文部科学省の前で

文科省の担当課長に請願書を手渡す庵代表(右)

◇ ◇ ◇
【請願趣旨】
この度、独立行政法人国立国語研究所を廃止し、大学共同利用機関法人人間文化研究機構に移管する法案が上程されました。この法案が可決されると、同研究 所がこれまで行ってきた日本語教育に関する調査研究および関連データベース構築を職務とする日本語教育基盤情報センター(以下、日本語教育研究部門)は事 実上「廃止」されることとなります。日本語教育研究部門の「廃止」は現今の日本語教育への需要の高まりという状況に照らして憂慮すべきものと考えます。私 たち「日本語教育の将来を考える有志の会」は、今回の「廃止」の影響が最小限に留められることを切に希望する旨を表明します。

国立国語研究所の日本語教育研究部門は我が国の中核的な日本語教育研究機関です。日本語の使用実態やコミュニケーション・ニーズを詳細に調査し、それを ベースに、日本語学習者が目標とすべき学習項目一覧を作成し、カリキュラムや教材を開発し、教育活動の指針を提案するなど、これまで広範な研究開発を遂行 し、膨大な日本語教育データベースを構築してきました。今後日本において日本語教育の重要性が増すことは疑いようもなく、大学や日本語学校の学生だけでは なく、地域社会における生活者としての外国人などに対する日本語教育を考える際に、同部門に蓄積されているデータベースの適切な管理・運用は極めて重要で す。

ところが、同部門が廃止されれば、この貴重なデータベースが活用できなくなります。仮に新研究所にこれらの資料が移管されたとしても、その管理・運用に 必要な知見を有する人員が継続的に措置されない限り、その資料は死蔵されることになってしまいます。言うまでもなく、これらの資料は国費を投じて作られた ものであり、それが消滅したり死蔵されたりすることは国費の大いなる無駄遣いであります。

それだけではありません。近年同部門は地域日本語教育に関して特に重要な機能を担っています。同部門の所員は日本各地を訪れ、ボランティアを含む各地の 日本語教育関係者をネットワーク化してきました。さらに、地域において新たに日本語教育に関する事業を立ち上げる際のコンサルティング活動も積極的に行っ てきました。言わば、同部門は地域日本語教育における扇の要の役割を果たしてきたのです。

しかし、こうした人的ネットワークもコンサルティング機能も同部門の廃止で途切れてしまいます。これは今後ますます重要になる地域日本語教育にとって大きなマイナスであるのは言うまでもありません。

このように、国立国語研究所の日本語教育研究部門の廃止は我が国の日本語教育の将来に大きな被害を及ぼす恐れがあります。その被害を最小限に抑え、将来の体制整備に備えるべく以下の項目を請願いたします。

【請願項目】(記事の中で触れていますが、再度記しておきます)

1.日本語教育にかかわる実態調査や研究開発が引き続き遂行できる規模の予算を措置すること。

2.特に、日本語教育関連のデータベースとネットワークの管理専従の専任所員のポストを措置すること。

3.日本語教育に関する政策立案に資する調査研究および日本語能力評価や人材育成に関わる事業をさらに推進すること。

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