外国人配偶者が日本語能力試験に挑戦する意味

今年もまた国立国語研究所の委嘱で、男鹿・能代の日本語教室に調査研究に出かけました。着くなり届いた嬉しいニュース、それは2月に発表された日本語能力試験の結果でした。

「先生、私、日本語試験の2級に合格しました!」と真っ先に報告してくれたのは、中国から結婚のために男鹿市に移り住んだ六佐恵理さんでした。日本に来て早10年、今ではすっかり地域社会にも溶け込み、家事・育児・仕事に忙しい毎日を送っている恵理さんですが、今回「日本語能力試験にチャレンジしたい!」と思ったのは次のような理由からでした。

合格通知を手にする六佐さん。

初めて日本に来た時は、全く日本語がわからない状態で、友だちもなく寂しい思いで暮していました。しかし、大変な努力家でまずは家族に教えてもらい必死 で勉強したと言います。そして、4年前にできた男鹿日本語教室に毎週2人の娘さんと一緒に通って来ていました。そこで出会ったのが北川さん。「自分の力を 十分に発揮するには、何と言っても日本語の力が大切。通訳するにも、何か新しい仕事を始めるにもやっぱり日本語が必要。子どもの学校のこととか日本語はす ごく大切なんだから!」という北川さんの言葉に、朝早く起きて新聞を読み、わからない言葉を辞書で調べて勉強するという生活を続けてきたのです。恵理さん は、今の気持を次のように話してくれました。

やれば出来るんですよね。次は1級合格めざします。実は、ずっとやっていた縫製の経験を活かして、いつか何か仕事を始めたいと思ってるんですよ。自分で 工場やるとか……。それには日本語の勉強だけじゃなくて、たくさんいろんなことの勉強、要りますよね。なんか夢、広がってきましたよ。

能代の大高シンさんは、3級に挑戦しました。日常生活では日本語で不自由することはあまりないシンさんですが、もっと子どもと一緒に本を読んだり、子ど もが学校で習っていることを理解したい・・・と始めた日本語学習です。目標を決め勉強を始めたお母さんの姿を見て、子どもさんも「自分も頑張らねば!」と 勉強に精を出すようになるという嬉しい副産物もありました。

3級合格の大高さん。

日本語能力試験の前日、シンさんは小学1年生の息子さんから激励文をもらって能代を出発しました。「能代出発」というのは、実は秋田県では日本語能力試験を受けることができないため、東京までわざわざ夜行列車で出かけて行かなければならないのです。

<〇〇からのメッセージ>
まま、おはようございます。きょうは、ほんばんだよ。
おねがいね。200点ぜったいにとってね。とったら、
○○、たいせつなしょうじょうつくるからね。
おねがいね、がんばってね。
だいじょうぶ。ゆうきをだして、
ほんばんテストにいこうね。

そして手にした合格通知。激励文を書いた息子さんは約束通り「手造りの賞状」をシンさんに授与してくれました。

<がんばりしょうじょう>
あなたは341点をがんばってとりましたね。
りっぱですね。これからのしゅくだいも、
がんばってください。
こんどのしけんも、200点いじょうとれるように、
がんばってください。

地域の日本語教室では、「会話ができればいい。読み書きまで教える必要はない」という考えから、ただ話すことだけ学べばいいという姿勢で活動をしている ケースがよく見られます。また、日本語能力試験を受けようというケースはまだまだ少なく、「留学生でもないのに、主婦がなんで日本語能力試験を受ける必要 があるのか」という意見が数多く聞かれます。

しかし、これからずっと日本の社会で生活し、日本人の家族とともに生きていく外国人配偶者にとって、「読み書き」を学ぶことは意味のあることなのです。 学校からのお知らせを読んだり、返事を書いたり・・・。もちろんそうでないお母さんたちのためのサポートシステムを構築していくことも重要ではあります が、彼女たちが自分自身で読んだり書いたりできればどれだけ良いかしれません。そして、試験にチャレンジし、合格することによって、彼女たちの仕事の選択 肢も広がり、輪もさらに広がっていくのです。

能代日本語学習会での勉強風景。

もちろん地域のボランティア教室で「読み書き」まで担うことに異論もあると思います。しかし、まだまだ行政のケアが十分ではない現在、やはりそういった必要性も考えながら活動をしていくことも重要なのではないでしょうか。

去年3級に合格した藤里町の佐々木幸子さんは、還暦過ぎての日本語能力試験挑戦でした。日本に来て10年、日常会話には問題のない幸子さんでしたが、 「自分の力を試したい。日本語がうまくなって通訳をしたい、町の人に韓国語を教えたい」という思いから日本語を学んできました。3級合格通知を手にした彼 女は、私にこう語ってくれました。

「先生、次は2級さ、受けようと思って。日本語できれば、韓国語教えられるしね。町の人に韓国のこと、好きになってほしいがら。私、まだ頑張るから! 一生勉強せねば」

地域日本語教室の「場の機能」として<居場所、交流、社会参加、日本語学習、国際理解>の5つの機能があげられています。彼女たちが日本社会で「居場所」を作り、生き生きと「社会参加」をしていくには日本語の力は重要です。

それと同時に日本社会そのものの改善にむけて、私たち日本人も努力していく姿勢が求められています。定住外国人配偶者側の努力も重要ですが、彼女たちに とって、もっと住みよい社会、すんなりと受け入れてもらえる社会のシステムづくりが大切です。そのためには、もっと十年後、二十年後の日本社会の在り方を 考え、先を見据えた国としての方針、言語政策などが必要になってきます。

今、日系人の派遣切り問題が、日本社会で大きく取り上げられていますが、そこでクローズアップされてきているのが、働く日系ブラジル人、ペルー人の日本 語力です。これまで行政でも経済界でも話題にされることはあまりなく、ボランティア任せの状態でした。労働力不足を解消するために、1990年に入管法を 変えてまで日系人の来日を進めてきました。それを推し進める際に、なぜもっと「彼らの日本語をどうするのか?」について深く考えてこなかったのでしょう か。

中には、「日系人自身が集住地域を作り、日本語の必要性を感じていなかったから」と主張する人もいます。しかし、彼らは働くことに忙しく、十分なシステ ムも整っていない中、ただ仕事仕事の毎日を送っていたのです。外国から人を受け入れることをもっと多面的・多角的に捉え、例えば「入国後○ヵ月間の日本語 学習の義務化」「日本語学習期間の生活保障」を制度化するなど、最初の段階での支援の充実があれば、今抱えている問題のかなりの部分が解決できたように思 われます。

「移民1000万人計画」「留学生30万人計画」などさまざまな「受け入れ計画」が叫ばれていますが、到達目標としてただ単に数字をあげる前に、もっと 考えるべきこと、議論すべきことが山積しているのではないでしょうか。取りあえずやってみて、問題が起こったらそれに対応し・・・といった対処療法では、 少しも問題の根本的な解決にはなりません。これでは、常に問題を抱えたまま進んでいくことになってしまいます。

・今、何が問題として出てきているのか。
・それは、どういったことが原因で生じた問題なのか。
・それを解決するには、どういう方法が考えられるのか。
・20年後、30年後、100年後の日本はどういう社会を目指していくべきなのか。
・国際社会の中で、将来日本はどういう社会でありたいのか。

雪の残る能代で、日本語能力試験合格通知を手にして喜ぶ外国人配偶者との触れ合いの中で、さまざまなことを考えさせられました。まずは当事者の生の声を 真摯な態度で聞く姿勢が大切です。大名行列のようなお役所の調査ではなく、「日本語教室を支えている人/教室に通っている人」など、現場の声をぜひ聞いて ほしいと思います。

実は、そういう日本語教室やサポートセンターの存在も知らずひっそり、苦労しながら生活している定住外国人配偶者の実態調査こそが必要なのではないで しょうか。そういった地道な努力があってこそ、日本人にも外国人にも住みよい日本社会を作り上げることが可能になるのだと考えます。

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