ドナルド・キーンの永住決意に学ぶこと

 9月1日の午後、ドナルド・キーンさんが成田空港に降り立ちました。日本語教育に携わるものとして、キーンさんの存在は大きく、私も何度か東京で講演を聞いたことがあります。彼の日本文化への造詣の深さ、日本への「思い」の深さ、そしてみごとな日本語に感心していました。そのキーンさんがニューヨークの自宅を引き払って「愛する日本への信念を表したい」と日本永住を決心し、さらには日本国籍を取得するというニュースを耳にしたのは、今年4月のことでした。

 6月29日(水)のNHKクローズアップ現代では、「我が愛する日本へ~ドナルド・キーン89歳の決断~」と題してキーンさんを取り上げました。番組の中で彼は「大震災による大きな打撃に苦しむ日本人と共に生きることで、日本への感謝の気持ちを表したい」と決意のほどを語っていました。こうした言葉にどれほど多くの日本人が勇気づけられたことでしょう。そんなキーンさんは、報道陣の質問に対して次のような言葉を発していました。

 ■希望があれば乗り越えることができる。終戦直後、私が訪れた東京は煙突しか残っていない街だったが、いまは立派な都会になった。東北にも奇跡は起こる。

■日本は危ないからと、(外資系の)会社が日本にいる社員を呼び戻したり、野球の外国人選手が辞めたりしているが、そういうときに、私の日本に対する信念を見せるのは意味がある。

■国籍を取得するとなると、今まではあまり読んでこなかった政治や経済についても、詳しく知る責任がある。

「日本沈没」などというセンセーショナルな言葉で「大震災後の日本」を報道し続ける海外メディア、「今の日本にいる必要はない。しばらくこっちに来て暮らしたほうがいい」と日本にいる両親を呼び寄せる海外で暮らす日本人達。キーンさんの生き方に、自らの行動を振り返り、「何か」を感じ取ってほしいものです。最後に、3日に東京北区の自宅で行われた読売新聞のインタビューでのキーンさんの発言を記しておきたいと思います。

                             ◇      ◇    ◇    ◇    ◇

 3月11日直後は、ニューヨークでテレビ画面を通じて「黒い津波」の脅威に打ちのめされました。しかし、家が流されても取り乱さず、人を思いやる日本人の姿を見て誇りがわき上がました。私から日本をとったら何も残らない。日本人として残りの人生を生きたい、と強く思いました。

大地震、台風、洪水。災害の多い日本では、「すべては移り変わる」という仏教的な無常観が根づいていますが、不思議なことに、和歌や物語には古来、地震や津波がほとんど出てこない。自然の無慈悲を嘆いて廃虚のまま放っておかないで、何度でもそれまで以上のものを立て直してきた。それが日本人です。

                             ◇      ◇    ◇    ◇    ◇

関連記事:古浄瑠璃が結ぶ縁ードナルド・キーンと三味線奏者・上原誠己

 NHKニュース http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110901/t10015309302000.html

 朝日新聞   http://www.asahi.com/national/update/0901/TKY201109010409.html

カテゴリー: 日本語教育の現場から パーマリンク