「留学生30万人計画」の意義と異議

2007年4月の教育再生会議による「留学生100万人計画」、同年5月の「アジア・ゲートウェイ戦略会議」が発表した「留学生35万人計画」は、安部 内閣の終焉とともに消え去りました。そして、福田内閣になり「中央教育審議会」の下部組織である「留学生特別委員会」が提出したのが今回の「留学生30万 人計画」です。

昨年の「100万人計画」は、1983年から20年かけて1万人から12万人になったことを考えると、2025年までの20年で100万人にすること は、倍率から考えても妥当であるというものでした。たった20年で「12万人を88万人増やすこと」の意味を深く理解せずに発表されたこの計画に多くの人 々が唖然としました。

また、「35万人」という数字の根拠は、「2025年の世界の留学生市場は700万人と予測される。そこで、日本はその5%の留学生、すなわち35万人 を受け入れるのが適切である」ということだったのです。「なぜ日本の留学生は世界の5%という数値が適切なのか」に関しては、十分に議論されぬまま発表さ れ、達成目標となっていきました。そして、今度は30万人という数字が出されたのです。

「留学生30万人の受入れは、日本を真に開かれた国にするために欠かせない」

福田首相は5月9日の経済財政諮問会議で、こう意見を述べました。この会議においては、高度人材外国人の受入れ倍増、外国人の滞在資格の緩和など幾つか の重要な提言がなされました。今年に入り、大きく外国人受入れに向けて動き始めていますが、この前向きな姿勢には大いに期待したいと思います。

しかし、そういう時代の流れであるからこそ、これまでの留学生政策、外国人受入れ政策がどのように行なわれ、どのような問題を抱えて今日まで来ているの か、といったことを検証することが重要であると考えます。定住外国人も200万人を超え、日本社会はこれからますます多文化共生社会に向かっていくことは 間違いありません。だからこそ留学生政策、外国人受け入れ問題に関して活発な議論を繰り広げていく必要があります。

今までのように単に、少子化による大学入学者数の減少、労働人口不足といった理由で外国人を受け入れる姿勢は断固として止めなければなりません。また、 テレビや新聞など、報道で目にする言葉に踊らされることなく、その言葉・表現が持つ意味を明確にし、共有化し、そこから議論を進めていくという姿勢を大切 にしていきたいものです。それには、まずは言葉を曖昧に使うことなく、しっかりと定義し、そこから議論していく必要があります。「真に開かれた国」とは何 を意味するのか、どう開こうとしているのか、それはなぜなのか、といったことをしっかりと考えながら、議論されていくことを願ってやみません。

中国の大学で教壇に立っている12年前の卒業生Cさんの言葉を、私は今も鮮明に覚えています。

先生、日本人は留学生を受け入れる時に、その留学生のことしか考えていない。でも、1人の留学生を受け入れるということは、その背後には彼の家族があ り、その留学生は結婚もするでしょう。また新しい家族が日本社会で生まれていくんですよね。大袈裟なように思われるかもしれませんが、1人の留学生を受け 入れるということは、長い目で見ると、10人の外国人を受け入れることになる、というくらい見通してほしいと思います。システムの整備、社会の変化、そし て何よりも日本人の意識改革がまずは必要なんです。

やる気のある留学生、優秀なる留学生を多く受け入れることに異存はありません。しかし、その前に考えるべき多くの課題が残っていることを忘れてはならないと思います。5月9日の会議報告を読みながら、私自身が今感じている問題点を記すこととします。

1.「2025年に留学生数30万人」という数字は本当に妥当なのか?
「留学生特別委員会」の横田雅弘教授が「留学生交流の将来予測に関する調査研究」をもとに出した「趨勢線のあてはめによる留学生数の将来予測」から弾き 出すと、2025年に30万人という数字は可能だと言えるかもしれません。しかし、その前にその数が本当に20年後の日本社会に適切な数字なのでしょう か。その論拠はどこにあるのでしょうか。

2.「グローバル30(国際化拠点大学30)」の教育をどう考えるのか?
「これまでの“日本語による日本人と同等の教育”を転換し、日本語を必要としない教育を提供すべき」とありますが、「転換」するのではなく、後者のタイ プの教育の充実も図るという姿勢が重要ではないでしょうか。教育の多様化という意味ではさまざまなタイプの教育があってよいと思いますが、「アレかコレ か」というブレは避けたいものです。

3.日本語教育機関(日本語学校)の存在意義をどう捉えているのか?
さまざまな議論の中で、日本語学校の存在意義がすっぽり抜け落ちているように思います。新聞テレビなどでも、日本語学校の負の部分が報じられることが多 く、「不法滞在が多い」「仕事目的の学生が多い」などとごく一部の現象を大きく報道している姿に憤りを感じざるを得ません。

日本留学の入り口で「日本社会への適応」を軸に日本語学習だけではなく、日本社会とのさまざまな触れ合いの中で適応力をつけて、大学・専門学校に送り 出していることを、どれだけの方がご存じでしょうか。マスコミを通して知るだけではなく、ぜひ皆さんご自身で「日本語学校で学ぶ留学生」に会って、見て・ 聞いて・感じていただければ幸いです。皆さんの近くの日本語学校にちょっと足を踏み入れてみては如何でしょうか。

以上のような問題点を解決するために、次のような提言をしたいと思います。

1. 30万人という数字とともに、どういう留学生をイメージしているのかを明確にし、それを公表すること。「はじめに数字ありき」にはしないこと。その際には広くさまざまな人々の知見を得ること。
2. 留学生が「日本語を学ぶこと」の意味をもう一度考えること。「英語で授業を受け、学位が取れればよい」という姿勢に傾斜しないこと。
3. 日本語学校の実態を知り、大学・地域社会・企業等との連携の可能性を探ること。そのための「話し合いの場」を設定すること。

卒業生のCさんは、こんな言葉も残していきました。

先生、『留米親米、留日反日』という言葉が中国にあるのを知っていますか。アメリカに留学すると、アメリカが好きになって帰国します。でも、日本が好き で、日本のことを知りたくてせっかく日本に留学しても、かえって日本が嫌いになって帰国する人がいるんです。それは、日本の留学生受入れ政策がしっかりし ていないからだと思います。僕は、それがとても残念なんです。

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