「国立国語研究所」の解体はなぜ?

国立国語研究所の存在をご存じでしょうか。この研究所(以下「国研」と略します)は、「国語に関する総合的研究機関」として1948年に発足し、2001年に独立行政法人に移行しました。国際化や情報化が進む日本社会における現代日本語の調査研究、外国人のための日本語教育の推進などを積極的に行ってきました。その成果は多文化共生社会作りに大きく貢献してきました。国研のホームページには「国研の使命」に関して、以下のように記されています。

日本語を母語とする人を対照とした国語研究と、母語としない人を対象とした日本語教育研究を密接な連携の下に行い、現代日本語の姿と変化を客観的に明らかにすることによって、国語政策や日本語教育政策に貢献し、国民の言語生活の向上や外国人に対する日本語教育の振興に資することを使命としている。

そんな重要な役割を担っている国研が今大きな変革の波に晒されています。2007年12月24日の閣議決定で、「独立行政法人国立国語研究所」は廃止となり、大学共同利用機関法人に移管されることになったのです。このニュースに日本語教育業界には激震が走りました。今ほど国語政策や日本語教育政策の重要性が問われている時代はないという状況下、なぜ「独立行政法人国立国語研究所」を解体し、大学共同利用機関に組み入れられなければならないのでしょうか。国研は独立した組織として存在していればこそ出来る大きな役割もあるのですが、それが文部科学省には理解してもらえなかったのでしょうか。

今年1月以降数回にわたり国立国語研究所のあり方を審議してきた「国語に関する学術研究の推進に関する委員会」の報告(案)を読むと、国研の仕事内容はよりアカデミックなものへと傾斜していることが窺えます。民間の日本語教育機関で仕事をする私も、これまで国研と接点を持ち、留学生・就学生を2年、3年と追いかけていく縦断調査などを行ってきました。また何人もの教師が国研の研修に参加したり、データ活用の指導を受けたりしてきました。

報告書には「研究領域」として(1)理論・構造研究(文法、語彙・意味、音声・音韻、文字・表記など)、(2)空間的変異研究(方言など)、(3)時間的変異研究(歴史など)、(4)言語資源研究(コーパスの構築など)があげられていますが、もっと人と人との関わりの中で作り上げていく研究に関する記述が見られません。それをこれまで国研がやってきたのですが、今回の報告には「日本社会におけるコミュニケーション研究」という視点が欠落しているのです。

既に移行が決まってしまった今、せめて広くさまざまな人々の意見を聞き、「新生国立国語研究所」がこれまでやってきた活動を規制することのないような形で「移行」を実施してもらいたいと思います。

国の言語政策は極めて重要であり、定住外国人が200万人を超えた日本社会において日本語教育政策の取り組みは、将来の日本を大きく左右する重要なことだと考えます。

教育改革に関しても、現場の声をしっかり聞くこともなく限られた委員の中で論議され、新しい制度が始まっては消えていっています。「ゆとり教育」讃歌が始まったかと思うと、「ゆとり教育なんかしているから学力が低下するのだ」と、いつの間にか「ゆとり教育」を悪者扱いしているのが現状です。「どんな問題が、どこに、なぜ生じたのか」について十分に検証することなく反対方向に走り出すのが今のやり方です。

教育再生会議や中央教育審議会にどれだけ教育現場に関わっている方々が参加しているでしょうか。私は、教育界で起こした失敗と同じ根を持つ問題を「国立国語研究所の移行問題」に感じてしまいます。

今回の問題をきっかけにして、私たち1人ひとりにとって極めて重要な問題である「ことば・日本語」について、もう1度真剣に考えてみたいと思います。

最後に、私が所属する日本語教育学会の尾崎明人会長が「国語に関する学術研究の推進に関する委員会」に出した意見書を記しておくこととします。

「国語に関する学術研究の推進に関する委員会」報告に関する意見書

(1)「日本社会における日本語コミュニケーションの研究」を推進すること

日本語は、日本の歴史や文化、伝統の基盤をなす言語であると同時に、日本社会でもっとも広く使用され、人々の暮らしを支えている言語でもある。したがって、日本語研究は、日本語の体系や空間的、時間的変異に関する研究だけでなく、日本語によるコミュニケーションの実態調査と研究をとおして社会に貢献するという使命も負っている。

日本社会は、日本語を母語としない日本人および外国人の増加によって急速に変わりつつあり、日本語の母語話者と非母語話者がコミュニケーションを行う場も確実に広がっている。大学共同利用機関は、このような日本社会の現状と将来に対する深い洞察力をもとに、日本語を母語としない人々の日本語も含めて、日本社会における日本語コミュニケーションの研究を推進すべきである。そのためには、「日本語コミュニケーション研究」を新しい国立国語研究所の重要な使命と認め、研究領域の1つとして独立させるべきである。

(2)独立行政法人国立国語研究所の廃止に伴う問題点を明確に指摘すること

今回の政府決定により独立行政法人国立国語研究所は廃止され、日本の言語政策を支える公的な日本語研究機関は存在しなくなる。一方、欧米や韓国、中国などの国々では国家政策的な観点から言語研究、言語教育(自国語・外国語)に関する総合的な施策を企画立案している。政府の今回の決定は、言語政策に関する世界の趨勢・社会と時代の要請に逆行するものである。

「国語に関する学術研究の推進について」報告(案)は、日本語の学術研究を推進する立場から書かれた文書であり、独立行政法人国立国語研究所を大学共同利用機関という学術研究機関の中に位置づけ、その運営体制および研究組織のあり方に関する基本方針を述べたものである。したがって、この報告(案)では国語政策、日本語教育政策の立案に資する資料、情報の収集、分析という、これまで国立国語研究所が担ってきた政策研究上の役割についてはほとんど言及されていない。

独立行政法人国立国語研究所の解体がもたらす問題点を指摘し、国の言語政策立案に必要な措置について貴委員会としての見解をより明確に表明すべきであると考える。

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