「高砂や〜〜〜」留学生の謡い大合唱

 イーストウエスト日本語学校から歩いて10分のところに観世会理事・武田志房さんのお宅があります。毎年ご自宅の一角にある「修能館」に上級の学生80人が招待され、「能に触れよう」という授業が行われます。能楽堂に出かけての一般的な「能鑑賞会」ではなく、この「能に触れよう」はご近所のよしみで始まった「留学生のための特別プログラム」です。

「羽衣」の舞1

「羽衣」の舞2

能面の説明

謡い「高砂」の練習

 舞台一面に広げられた能装束、能面、扇を見て、留学生は感嘆の声をあげ、350年前の装束や何百年も続いてきた能の説明に聞き入っていました。ロシアのエレナさんは、能面の裏側を見たことが、強く印象に残ったと言います。

 「いろいろな能面を見たことがありますが、能面の裏側を見せてもらったのは初めて。とっても印象的でした。裏はああいうふうになっているんですね。あんなちっちゃい穴から向こうを見て演じているんですね」

 その時私は、昔、あるスペイン人留学生が言った言葉を思い出していました。「スペインのひまわり畑に旅行者はみんな感動したって言いますが、一度ひまわり畑を裏側から眺めて欲しいんです。ぜんぜん違うものが見えてくるはずです」

 「羽衣」の舞は、ただ舞を鑑賞するだけではなく、装束をつけ、髪を結って演者を作り上げていくところから見せていただきます。2人がかりの演者作りの場面など、滅多に見学できるものではありません。真剣に見つめる留学生から質問が飛んできます。

 「そのカズラ(鬘)は、人間の髪で出来ていますか」

 「どうしてカツラじゃなくて、カズラって言うんですか」

 サイズがあるカツラとは違って、演ずる人の頭に合わせて丹念に作り上げていくカズラには、日本人の知恵、美意識が隠されています。留学生達は、面をつけた演者が、ほんの少し角度を変えるだけで、表情が変わることにもびっくりしています。

 「へえーっ。おもて(面)の角度をちょっと変えるだけで、悲しい表情になったり、嬉しい表情になったりするんですね!」

 そして、最後はいつもの通り留学生全員による待ち謡い「高砂」の大合唱です。

       高砂や
       この浦船に帆を上げて
       この浦船に帆を上げて
       月諸共に出汐の
       波の淡路の島影や
       遠く鳴尾の沖過ぎて
       早や住吉に着きにけり
       早や住吉に着きにけり

 2種類の節回しがある「早や住吉に着きにけり」に留学生達は四苦八苦。しかし、どの顔も実に楽しそうです。「国に帰ったら、友達の結婚式でうたってみます」と張り切っている韓国人留学生もいます。教室に戻ってからの話し合いも実に活発です。

 「体で感情を表現することが、ものすごい感動したっていうか、楽しい時間でした」

 「こんな伝統劇を持っていて、ずっと守っている日本人ってすごいなって思いました」

 「『羽衣』って韓国にもあるけど、ストーリーはぜんぜん違います。同じアジアでもいろいろ違うんですね。」

 「韓国にも能と似ている劇はありますけど、国の雰囲気に合わせてるから、日本の能とは違います。」

 「あの、ゆっくりゆっくり、『すり足』っていう歩き方、日本人らしいですね。」

 伝統文化には、その国で長いことかけて練り上げられた知恵があります。今の時代こそ、知識より知恵が求められているのではないでしょうか。そのことは、異質なものとの出会いによって、より明確になっていきます。留学生の素朴な質問、素直な反応に接して、「私たちの文化」を改めて考え直していました。

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