こんな車内放送で有名だった車掌長・坂上靖彦さんによる特別授業は、「相手の気持ちを考えた話し方」でした。留学生達は、『ありがとうございました』と言葉を言ってからお辞儀をする「語先後礼」の話を聞きながら、大きくうなづいていました。お辞儀をする習慣のない国の留学生達は特に、分かっていてもお辞儀はなかなか出来ません。
「同時礼」ならともかく、まずは挨拶をしてから頭を下げるなど思いもよらないことだったのです。日本のあいさつの習慣に改めて感心するとともに、こんな反省を述べる留学生もいました。「アルバイトで注文を間違えた時、ちゃんと謝っているのにお客さんが不愉快そうな顔をすることがあるんです。私、今、気がつきました。頭を下げてなかったんですね」
こんなところにも文化の違いが表れます。そして、日本語教師達にとっても日本の「おじぎ文化」をもう一度考える良い機会となりました。
車内アナウンスがない国から来た留学生は、日本の懇切丁寧なアナウンスを評価しつつも、外国人への配慮の無さを嘆きます。
「なんであんなにたくさん敬語を使うんですか。日本人には大丈夫だけど、外国人には辛いです。日本人が思っているよりもずっと大勢外国人がいるってことを、日本人に知ってほしいと思います」
突然電車が止まり、電気が消えた真っ暗な車内で、何が何だか分からぬまま緊張し続けた経験を持つ留学生もいました。
しかし一方で、お客さんに対する駅員さんの温かい対応に感動したと話してくれる人もいます。身体の不自由な人が電車を利用する際には、乗る前、乗る時、そして降りる時、と細やかな支援があるのは日本社会のすばらしさです。日本社会の中にどっぷり浸かっていると、全てが当たり前のことになってしまいます。しかし、外国人と触れ合うことで、その当たり前のことがまた違ったものに見えてくるから不思議です。留学生達は、坂上さんの授業終了後、私にこんな質問をしてきました。 「どうして日本じゃ、大人が電車の中で漫画を読んでいるんですか」
「どうしてお年寄りが目の前に立っていても、平気で若い人が座っているんですか」
「日本人は働きすぎて疲れているから、電車の中でみんな眠っているんですか」
「なんで子供が騒いでも、靴のまま後ろ向きに座っても注意しないんですか」
彼らの辛らつな質問から、日本社会のさまざまな問題点が浮かび上がってきます。
坂上さんに「語先後礼」を習った彼らは、アルバイトの面接、大学の面接試験、そして日本の会社の就職試験をうまくこなしていくことでしょう。新幹線の元車掌長さん、すてきな授業をありがとうございました!