「多文化共生」の視点からみた“日本語を学ぶ”ということ

 財団法人入管協会では『国際人流』という雑誌を毎月発行しています。この雑誌には、出入国管理行政にかかわる統計や入管法の改正などの最新情報の提供だけではなく、さまざまな内容の記事が記載されています。

 その中で、日本の国際化に関する意見を提供する「じんりゅう時評」というコーナーがありますが、そこに先日寄稿いたしました。ぜひ「多文化多言語社会」についてより多くの方に考えていただきたいと思い、入管協会の許諾を得て、コラムで紹介することにいたしました。
※ 財団法人入管協会は、法務省所管の公益法人として、企業や学校などが外国人を受け入れる際に必須の「出入国管理及び難民認定法」の知識の普及を図るとともに、外国人の入国・在留手続を円滑に推進することを目的に、1987年8月に設立されました(入管協会ホームページより)

「多文化共生」の視点からみた“日本語を学ぶ”ということ

(『国際人流268号』2009年9月号 pp.21−25)

1.日本語学校から日本を見る
■日本語学校は単なる語学学校?

 「へえ、日本語学校の留学生ってこんなに難しいことやってるんですか。みんな明るく元気に頑張ってますねえ。もっと生活費や学費で大変なんだと思ってました」
 今でも日本語学校を初めて訪れる日本人の口から、しばしばこうした感想が語られます。それは、日本語学校に対するイメージが新聞やテレビの報道から得た間接情報が多く、またマスコミで取り上げられる際には「負のイメージ」「陰の部分」ばかりが強調されてきたという現実があります。資金稼ぎが目的の留学生、不法滞在者の温床、高い犯罪率……。こういったイメージが何となく世の中に漂っているのを感じます。

 しかし、それは作られたイメージであり、真の姿を表していません。もちろん一部にはそういったことも存在しますが、それは「特別の部分」であり、多くの留学生は純粋に「日本語が学びたい/日本に強い関心がある/日本のサブカルチャーにゾッコンだ」という理由で来日しているのです。

 そんな世の中の誤解を解くには日本語教育現場から発信することが近道と考えた私は、インターネット新聞JANJANでコラムを担当し始めました。これらの記事に対するネット上でのコメント、友人・知人からのメールでの感想、口頭での意見交換などさまざまなやり取りがあります。

 その中で当初多かったのが「日本語学校って、日本語の勉強だけじゃなくて、いろんなことをやっているんですね!」という感想でした。「ことばは文化」であり、文化とはそこで暮らす人々が長い時間をかけて積み上げてきた「慣行・習慣」「産物・完成品」であり、また「観点・視点」でもあります。だからこそ、日本語を学ぶということは、単に言葉を習い覚えるのではなく、見える文化、見えない文化を知り、考え、話し合うことだと言えます。

 たとえば日本には「玄関」(産物・完成品)があり、玄関で靴を脱いで家に上がる(慣行・習慣)ことから、「どうぞお上がりください」という言葉が生まれます。それは、日本人にはウチとソトを分けるという考え方(観点・視点)があるからなのです。さ
まざまな国・地域から来た留学生が、日本語・日本文化を学ぶことは、自文化をよりよく理解し、その文化を支えている存在としての自分自身を見つめることにつながります。

■触れ合い重視の日本語教育
 教室内の学びだけでなくさまざまな「日本人との触れ合い」を経験する中で日本語を学んでもらいたいという思いから、私の勤務校では特別授業や放課後に多様なプログラムを用意しています。そこで重視しているのは、日本語で「他者と伝え合うこと」「自己表現すること」です。教室は日本語という共通語を使って、さまざまな国・地域から来た留学生たちがコミュニケーション力を学ぶ場であり、また地域社会での多様な活動に参加していくことが日本語学習には重要です。

 最長2年と期間が限られており、また大学受験・就職などと目的がはっきり決まっている留学生が多い日本語学校では、ともすれば効率性が求められ、知識偏重になりがちです。しかし、近年知識の多寡を問うのではなく、「日本語を使って何ができるか」に重点が置かれるようになってきました。「知っているけれども使えない日本語」を教えていたことへの反省が起こってきたのです。

■正確さ・流暢さ + 適切さ
 かつての日本語教育では、正確に話すこと、そして流暢に話せることが大切にされていました。しかし、コミュニケーションとは、どんなに正しく話せても、具体的な場や人間関係において適切に使えなければ、意味がありません。上司に飲みに誘われて、「今晩は恋人とデートがあります」では、正しい日本語を使えていても、適切ではありません。「あの今晩はちょっと……。申し訳ありません」というようなあいまいな表現が現実の場面では求められます。

 韓国人のパクさんは、はっきり意見を言って、日本人の友だちと気まずくなりました。「この髪の毛、気になるんだけど、どう思う?」「ああ、日本人には似合わないと思います。黒く染めたほうがいいです。」もちろん、文型も語彙も正しく使われているのですが、適切さが欠けています。この適切さを学ぶには、人とのやり取り、談話が求められます。人間関係、その背景にある文化も学ぶことが語学学習には大切です。

■留学生は「未来からの大使」
 日本人との接触場面の機会としては、日本人の大学生が来てくれるビジターセッション、毎週ボランティア「風の会」によって開かれている「日本語サロン」などがあります。また、イーストウエスト日本語学校の地域にある「城山ふれあいの家(中野区)」でイベントに参加したり、ボランティア活動グループに所属して活動している留学生もいます。こうした機会は留学生にとって幸せですが、実は私たち日本人にとっても、貴重な学びの場なのです。

 その学びとは、異なる価値観を持つ人々と触れ合うことで、普段当たり前だと思っていることへの気づきが生まれ、自分自身の見方が変わってくるということです。異文化体験を通して、柔軟にモノを見ることができ、社会、そして自分自身を客観的に見られるようになってきます。
○同じ現象でもこんなに見方が違う!
○必ずしも、答えは一つじゃないんだ
○正解がないモノもあるのだ

 皆さんの周りにもたくさんの外国人がいるはずです。ビジネスのために来ている人、留学生として頑張っている人、定住外国人配偶者として日本社会に溶け込もうとしている人、さまざまな人がすぐ近くで「触れ合い」を求めています。

 そんな「触れ合い」の中で、日本語を使って伝え合い、互いに自己表現をしていけたらどんなにかすばらしいことでしょう。多文化共生社会創りのためにも日本語教育をしっかり広げていきたいものです。もちろん外国から来た人々の母語である「さまざまな言語」を知ることも忘れてはなりません。「第三次出入国管理基本計画」に“留学生は「未来からの大使」”という言葉がありました。「未来からの大使」と一緒に「日本の現在、そして未来」を一緒に創っていきたいと思います。

2.地域社会から日本を考える
■定住外国人配偶者の悲しみ

 「わたし、この子が生まれた時『可愛い、可愛い』ってしか言えなかった。いろんな思い、この子に何も伝えられなかった。毎日『可愛い、可愛い』だけ。日本語、何も知らなかったから……」こう語ってくれたのは、結婚のため中国から来日したA県B市に住む定住外国人配偶者Cさんでした。

 彼女は、とても知的で教育熱心な母親です。しかし、息子が生まれた時、「この子は日本社会で生きていく人間なんだから中国語を使ってはいけない。日本語だけで育てなければ」と思ったのだそうです。家族をはじめ周りもそう思って接してきました。しかし、ここに大きな問題が潜んでいました。次のことを知らなかったのです。
・子供が「物を考える」ことができるためには、軸になる言葉が必要
・母親もしっかりと日本語を学ぶ場・機会が必要

 Cさんは、一人で日本語学習を始め、少しずつ日本語を覚えていきました。そして、子供が2、3歳になると毎日読み聞かせを始めました。しかし、彼女の日本語はたどたどしく、稚拙なものでした。そのため、毎日Cさんの日本語を聞かされて育った息子D君は、本を読む時にとても奇妙な「日本語のクセ」が残り、そのことが小学校入学前の就学時検診で意外な波紋を投げかけたのです。「D君は、普通学級への入学はちょっと……」という外部からの指摘でした。Cさんは、ボランティア日本語教室の温かいサポートでなんとか難局を乗り切り、今ではCさん自身日本語教室で熱心に勉強をしています。

 子供は、どんな言語でもいいけれど、「考える時のよすがとなる言語」が必要なのですが、そのことをCさんは知りませんでした。今でも、多くの外国人配偶者はその事実を知らずに過ごし、中にはCさんと同じような辛い経験をしている人が日本社会のアチコチに居るのだと思うと、たまらない気持ちになります。

■日系ブラジル人と日本語
 次に日系ブラジル人集住地域での話題を取り上げてみることにします。昨年秋から派遣切りの問題が騒がれ始めました。その中で特に大きな痛手を負ったのが、日系ブラジル人でした。1990年の入管法改正により日系3世まで就労可能な「定住者の在留資格」が創設されました。そのため、ブラジル、ペルーなど中南米諸国からの日系人の入国が容易になり、急激に増加し始めました。これはバブル景気を背景に外国人労働者の受け入れを強く望む経済界の意向を反映したものであり、その後もさまざまな分野で日本経済を支えてきたのです。

 しかし、一転して派遣切りをしなければならない状況になったとたん、多くの日系ブラジル人労働者が職を失ったのですが、彼らの不幸は「日本語力が足りない」ということが大きく影響していました。私は、群馬県大泉町を訪れた時のある高校生の言葉を忘れることができません。

 「お父さんは2週間前、派遣切りにあいました。それから、お母さんは、もうすぐです。でも、大丈夫。長野にいるおじさんが助けてくれるし、私もアルバイトしますから。日本人も大変なんだから、しょうがないです。もっと頑張ります。」これからもみんなで支え合って日本社会で生きていこうとしているのです。

 そして、彼はこう付け加えました。「両親も甘かったですよね。日本語がなくても生活できたし、仕事できましたから。でも、やっぱり勉強したほうがよかったですよね。それがよく分かりました。良いきっかけでした」

 今、豊田市、浜松市をはじめアチコチの地方自治体で日系人の日本語教育の必要性が叫ばれ、次々に実行に移されています。それは素晴らしいことだとは思いますが、「なぜもっと早くに……」と思わざるをえません。今回の出来事を教訓として、今後「留学生30万人計画」や「少子高齢化による外国人受け入れ問題」を論じる際には、「彼らの日本語学習をどうするのか」といった視点を忘れないでほしいと思います。

3.共生のための日本語学習
■30年後の日本社会は?

 4月に元日本語教育学会会長水谷修先生(名古屋外国語大学学長)の喜寿記念パーティーがありました。そこで水谷先生は次のように語られました。

 「今日本では『島国化』が起きています。こんな状態では30年後の日本はどうなるのでしょうか。たとえば、日本の大学では中国語、韓国語をはじめ諸外国語を取る学生が減っています。日本語教育をめざす人も同様です。若い人達の周辺諸国への関心がこんなに低くなっていっていいのでしょうか。日本の中にばかり目が向いていていいのでしょうか」

 大きな変化の中に立たされている今、私たちは何をすべきなのでしょうか? それは、目先の問題に振り回されることなく、「これからの日本はどうあるべきなのか」「少子高齢化が進む中、30年後、100年後どういう日本であることが望ましいのか」「そのためには諸外国とどう向き合っていけばいいのか」という問題意識を持ち続け、マクロ・ミクロでみんなで議論していくことではないでしょうか。そしてさらに「日本語教育をどうすればいいのか」について考えていくことで、真の意味で「開かれた日本」、そして「多文化共生社会ニッポン」が可能になるのだと思います。

 安易に留学生・外国人受け入れ計画を打ち出し、場当たり的な対策を考え、問題が起こったらそのつど対応していくというやり方はもうやめなければなりません。それを可能にする原動力は、私たち一人一人にあります。

■「留学生30万人計画」再考
 「留学生30万人の受け入れは、日本を真に開かれた国にするために欠かせない」当時の福田首相は経済財政諮問会議の席上、こう意見を述べました。それ以来、外国人受け入れに向け大きく動き始めていますが、いくつも懸念材料を抱えていることは否めません。まず「30万人」という数字が出されたものの、どういう留学生をイメージしているのでしょうか? いつも「はじめに数字ありき」といった感がぬぐえません。

 次に、「グローバル30(国際化拠点大学30)」の実態はどういうものなのでしょうか。「英語で授業が受けられ、学位が取れる」という方向に傾斜しすぎることはないのでしょうか。留学生にとって、何らかの形でて日本語を学ぶことは、意義深いことであり、それでこそ「日本を知り、日本と母国との懸け橋になる留学生」が増えていくのではないでしょうか。英語で授業をする意味を否定するわけではありませんが、安易な英語至上主義は、日本にとっても留学生にとっても幸せなことではありません。

 10年間日本で学び、日本が大好きになって中国に戻り、今では大学で教壇に立っているチョウさんは、帰国を前にしてこう語ってくれました。
 
 「先生、『留米親米、留日反日』という中国の新しいことわざを知っていますか。アメリカに留学するとアメリカが好きになって帰国します。でも、日本が好きで、日本に留学しても、かえって日本が嫌いになり帰国する人が結構多いんです。それは、日本の留学生受け入れ政策がしっかりしていないからですよ。言語政策一つとっても、まだまだ問題だらけですよね」

■「多様な日本語」をめざして
 では、外国人にとっても日本人にとっても住みやすい「多文化共生社会:ニッポン」を作りだすためには、私たちは「外国人のための日本語教育」とどう向き合っていったらいいのでしょうか。私は次の3つのことをあげたいと思います。
○日本人自身が日本語そのものを見つめ直すこと
○日本社会の共通言語「日本語」を学びやすい環境を作ること
○「さまざまな日本語〈Japaneses〉」を許容する土壌を作ること
 (世界にはいろいろな英語があるという意味で、〈Englishes〉という言葉を使います)

 オバマ米大統領は「変革はトップから来るものではなく、草の根から生まれる」と人々に語りかけ、大きな拍手を浴びました。私は日本語学校の教師として、だからこそ日本語教育機関における日本語教育が重要なのであり、そこでの日本語教育が広い視野に立ったものであることが求められるのだと思います。

 さらには、外国人が日本語を学ぶ日本語教育機関や地域のボランティア教室に、一人でも多くの人が足を運び、外国の方と出会い、触れ合ってくださることを願っています。みんなで協力し合って、外国から来た人たちにこう言ってもらえる日本にしていきませんか。
○日本ってなんて魅力的な国なのでしょう!
○家族も呼び寄せて、ずっと住み続けたいです!
○国に帰ったら、日本のことをいろんな人に伝えます!

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