今年もご近所にある「なでしこ会」のおばあちゃま方による「なでしこ作文コンテスト」の表彰式がありました。中野ゼロホールで行われる卒業式の大切な行事の1つです。以前も「なでしこ会」の紹介記事を書きましたので、「なでしこ作文コンテスト」の紹介は、ごく簡単なものに留めます。
布巾巾づくり」でお年寄りと留学生が楽しく交流 http://nihongohiroba.com/?p=236
「交流活動」でなでしこ作文コンテスト http://nihongohiroba.com/?p=141
「お年寄りの作品バザー」を日本語学校で http://nihongohiroba.com/?p=508
ご近所のお年寄りボランティア「なでしこ会」は毎週集まって作品を作り、それを販売したお金をもとに「なでしこ作文コンテスト」を創設しました。コンテストのテーマは「交流活動に関すること」という縛りがあるだけで、自由に気持ちを綴ることができます。このコンテストで大切にしているのは、日本語力そのものではありません。「交流活動を通して何を感じ、どう考えたのか。自分はその交流活動でどう変わったのか」といったことを他者に伝えることができるかどうかということです。
今年は次の3人が選ばれました。3つの作品は「留学生の声」に載っていますので、ぜひご覧ください。
最優秀賞 林祐珊(台湾・女性)「私の目に映じる国際交流で」http://nihongohiroba.com/?p=1096
優秀賞 金敏志(韓国・女性)「交流」 http://nihongohiroba.com/?p=1104
優秀賞 金光連(韓国・女性)「風の会で」 http://nihongohiroba.com/?p=1111
では、「なでしこ会」とイーストウエスト日本語学校との間の、多様で、持続可能な関わり方についてちょっとお話ししたいと思います。国際交流というと1回だけの交流、イベント性のあるものが多く行われています。しかし、「なでしこ会」との交流活動では、できるだけ双方向で、しかも持続可能な交流を心がけてきました。70代、80代のおばあちゃまのボランティア団体である「なでしこ会」と留学生、短期プログラムの外国人とのお付き合いはさまざまな形で行われています。
◆ 毎週お宅に集まっての布巾など作品作り
作品を販売して資金集め → 留学生支援への活用 → 作文コンテスト優秀者に賞金授与式
この布巾作りボランティアには、イーストウエスト日本語学校の学生も参加しています。おばあちゃま方と会話を楽しみながら、ボランティアで布巾作りをしている台湾のオウさんは、毎週火曜日の午後が楽しみでなりません。せっせと針を進めながら、みなさんの会話に聞き入っている姿は、とても印象的でした。
◆ イーストウエスト日本語学校の卒業式で作文コンテストの表彰
卒業式には、おばあちゃま方が舞台に上がり、授与式が行われます。女学校以来の舞台に、ドキドキするものの楽しいひと時です。「ああ、思い出しますよね、卒業式。こんな立派なホールじゃなかったけど。でも、もう70年も前のことですけどねえ」と話すAさんの顔は、とても生き生きしていました。
◆ クラスの中に入って、ビジターセッション
留学生のレギュラーコースや、短期シニアコースなどで授業に入り、さまざまな形で交流を楽しみます。ここから「手紙友だち」、「作品交換」などが生まれています。もう海外旅行など遠い世界と諦めていた85歳のメンバーAさんは、「台湾の娘に会いに行かなくちゃ」と大張り切り。Aさんの「台湾にいる娘」になったBさんは、「日本のお母さんが台北に見える日」を首を長くして待っているのです。
こうしたさまざまな外国人と触れ合うことで、地域のおばあちゃま方の意識も変わってきました。最初は「何を話せばいいかわらない」「緊張する」という発言がありましたが、今では「今度はいつですか?」という質問が来るようになりました。
留学生にとっても、同じ年代の人だけではなく、さまざまな日本の方々と触れ合うことができるのは、とても素晴らしいことです。
○ どうして日本のお年寄りは、一人暮らしが多いんですか。
○ 本当に日本のお年寄りは元気ですね。どうしてこんなに元気で、いろいろなことができるんですか。韓国では違います。
○ 80歳の人が自転車に乗って出かけるなんて、私の国では考えられません。
留学生の疑問はつきません。実は、こうした発言から私たち日本人は「当たり前になっていること」を改めて考え直すきっかけを得ることができるのです。また、見落としていた日本社会・日本の良さに気づくこともできます。
おばあちゃま方も同様です。異なる文化に触れ、もっともっと知りたいという好奇心が湧いてきます。「もっと長生きして、いろんな国の人と話してみたいですねえ~~~」という言葉を聞き、「イーストウエスト日本語学校&なでしこ会」の交流活動をさらに広げていきたいと強く思いました。